以前の私は、素顔で外出するなんて絶対に無理だと思っていました。
メイクをしないと外に出られない。それが当たり前でした。
今は、ノーメイクのまま仕事にも行けるし、人前で話すこともできます。
変わったのは、肌だけではありません。
メイクに対する考え方そのものが、変わりました。
この記事では、なぜ私がノーメイクを選んだのか、そして今どう感じているかをお伝えします。
Q:なぜノーメイクを選んだのですか?
Q:最初は恥ずかしくなかったですか?
Q:今、ノーメイクに対してどう感じていますか?
A:
お湯洗いを始めるにあたり、メイクはお湯では落とせないためノーメイクも同時にスタートしました。最初はとても恥ずかしく、マスクで隠していました。でも肌が改善するにつれて抵抗がなくなり、今は「肌がきれいなら塗らなくていい」と自然に思えるようになりました。
ノーメイクを選んだ理由は、ひとつだけ
ノーメイクを始めた理由は、シンプルです。
お湯洗いをするためです。
お湯洗いは、肌が自分で潤う力を育てるケアです。
洗顔料をやめてお湯だけで顔を洗うことで、肌本来の力を取り戻していきます。
ところが、メイクをしていると困ることがあります。
お湯だけではメイクを完全に落とせない。
落とそうとすると、どうしても肌をこすってしまいがちです。
ならば、メイク自体をやめてしまえばいい——そういう結論でした。
ノーメイクは、お湯洗いを成立させるための、必然の選択でした。
メイクをやめる前の私
酒さの症状が出る前、メイクは毎日のことでした。
外出するときは必ずメイクをする。それが当たり前で、素顔で外に出るなんて考えられませんでした。
メイクには義務感もありました。でも同時に、気分が上がるものでもありました。
ファンデーションで肌をきれいに整えて、目元をその日の気分で変えてみる。
仕事が憂鬱な日でも、メイクをすると気合が入るような感覚がありました。
義務感と高揚感が混ざり合いながら、毎日続けていたのです。
酒さになってから、メイクが逆効果になっていった
酒さの症状が出始めてから、メイクとの関係が変わっていきました。
頬の赤みはファンデーションでごまかせました。
でも、ブツブツはごまかせなかった。
肌表面の凹凸は、塗っても隠しきれないのです。
さらに症状が悪化して肌がガサガサしてくると、ファンデーションを塗ることで余計にひどく見えるようになりました。
明らかに乾燥しているのがわかる状態。
特殊メイクでもしなければ隠せないようなレベルでした。
そのとき、ふと思ったのです。
「メイクをしてもしなくても、同じではないか」——と。
それだけ、肌がひどい状態だったのです。
最初は、恥ずかしかった
それでも、ノーメイクへの抵抗は強くありました。
メイクをしている自分と、素顔の自分。
その落差を誰よりも自分が知っている分、素顔のまま人前に出ることは恥ずかしくてたまりませんでした。
最初はマスクで隠していました。
素顔を見せなくて済むマスクは、当時の私にとって大きな味方でした。
でも、マスクにも限界があります。
お昼ご飯のとき、マスクを外さなければいけない。
そのときはさすがに恥ずかしくて、若干下を向きながらお弁当を食べていました。
幸い節電のために消灯していたので、そこまで目立たなかったとは思いますが。(笑)
目元も変わりました。
今まではマスカラでまつ毛を増やしていたのですが、ノーメイクにしてからはそれはそれは盛れていない目元に。
目力半減といったところでしょうか。(笑)
周囲には「素朴な目元になったな」と思われたかもしれませんが、それくらいで済んだのもマスクのおかげだと思います。
思い切ってマスクを外した日
しばらくマスクで隠しながら過ごすうちに、肌が少しずつ落ち着いてきました。
酒さの症状がおさまってきたタイミングで、マスクも外すことにしました。
息苦しいのが嫌だったというのもありましたが、もう思い切って外したのです。
最初は周囲の反応が心配でした。
でも——誰からも何も言われませんでした。
そのとき気づいたのです。
他人は、自分が思うほど自分に興味がない。
気にしているのは、自分だけだったのです。
この気づきは、思った以上に大きかったです。
「見られている」という感覚が、ふっと軽くなりました。
そして——マスクを外して最初に感じたのは、息が楽になった解放感でした。
当たり前のことなのですが、それがとにかく嬉しかったです。
私は人前で話す仕事をしています。
マスクがあると、表情が相手に伝わらない。
こちらが笑顔でも、相手には届かない。
マスクを外してからは、笑顔のやり取りができるようになりました。
それだけで、仕事がずいぶんやりやすくなりました。
本当は、表情を隠すことなく仕事がしたかったのです。
顔を隠していたころとの差を誰よりも自分が感じていた。
肌が整ってきたことで、自分が思い描いていた仕事の仕方ができるようになった——それも、大切な変化でした。
今は——肌がきれいなら、塗らなくていい
今は、すっかりノーメイクに慣れました。
肌がきれいになったことで、メイクをしなくても十分だと思えるようになりました。
何より、周囲にはノーメイクのこの顔が「私の顔」として認識されています。
以前のメイクをした顔との落差を、誰も知らない。
だから何も気になりません。
最近思うのは、肌がきれいであればメイクは必要ないのかもしれないということです。
以前の私は、肌をきれいに見せるためにファンデーションを塗っていました。
でも今の肌は、塗って隠さなくていい肌になりました。
子どもにファンデーションを塗らないのと同じです。
肌が整っていれば、塗る必要がない。
そのことを、自分の肌で実感しています。
ノーメイクで得たもの
時間的な余裕も生まれました。
メイクをしなくなったぶん、朝の時間が丸ごと空いた。
いつでも洗顔できる自由さも手に入りました。
気になったらすぐ洗える——それだけで、一日の過ごし方が少し変わりました。
そして——素のままでいいんだという肯定感が芽生えました。
不思議なことに、他の人を見るときの目も変わりました。
以前は無意識に見た目を気にしていたけれど、今はみんな美しいと感じるようになった。
着眼点が変わった——そんな気がしています。
まとめ|ノーメイクが変えたのは、肌だけではなかった
私がノーメイクを選んだのは、肌を育てたかったからです。
お湯洗いのためという、シンプルな理由でした。
最初は恥ずかしくて、マスクなしでは外に出られませんでした。
でも肌が変わるにつれて、気持ちも変わっていきました。
他人は自分に興味がないと気づいたこと。
素顔で表情を届けられる喜びを取り戻したこと。
素のままでいいんだという肯定感が芽生えたこと。
ノーメイクを通じて変わったのは、肌だけではありませんでした。
「しないスキンケア」において、ノーメイクはお湯洗いと同じくらい大切な選択だと思っています。
肌を育てるために避けて通れない道であり、同時に——通った先に、肌だけでなく考え方まで変えてくれるものでもあった。
私にとっては、そういうものでした。
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